安田まゆみの気まぐれ日記

2012年10月30日

フクシマと水俣

「水俣病資料館」に行ってきました。
福島の原発事故と通じるものがあると思ったからです。

実は、セミナーのご依頼があって、
熊本に行く機会を得ました。

午前中と午後に、計2回のセミナーでしたので、
前泊することになりました。

この前泊のチャンスを活かして
真っ先に行きたいと思ったのは
水俣病資料館」でした。

フクシマの原発問題との
共通点は「人災」、「事故隠し」
「風評」や「差別」だと思っていました。
それを確かめたくて
水俣病が発症した地に行きました。

展示の中に、福島へのメッセージもありました。
同じように感じている人たちが、やっぱりいたなぁ、と思いました。

そのことを
受付と館内の案内そしてくださっている方に伝えて、少しお話をしました。
(だって、その時、ほかに見学している人がいなかったんですよ〜)

50代のその女性は、
お友達の女性が、出身地が水俣だということだけで、
結婚が破談になったとう話を聞かせてくださいました。

それを聞いたときに
「ヒロシマ、ナガサキ」の女性たちの顔が浮かびました。
(編集者時代、何ども彼女たちをインタビューしましたから)

次に、小学生の娘さんを持つ福島のお母さんの言葉も思い出しました。

「福島の戸籍を変えたい。
 将来、子どもが福島出身だということで、
 結婚できなくなってしまっては、かわいそうだから」と、
そのお母さんは言ったのです。

良いも悪いも、これが現実です。

私が水俣病に関心を持ったのは、
「胎内水俣病」患者が、ほぼ、私と同じくらいの年だったからです。

水俣病が認定されたのは、昭和31年。
私の生まれた翌年のことです。
「胎内水俣病」の人たちはほとんど私と同じ年。
とても他人事とは思えませんでした。

水俣の毒は、
お母さんの体を通して、胎児により多くいき、
生まれたときには、水俣病になったいたのです。

お母さんたちの手記が残っていました。
それぞれ、要旨だけ伝えると

「生まれてくる子どものために、一生懸命魚を食べたのに・・・」

「亡くなった子どもを、これからの医療に生かすということで、
解剖することになった。
解剖室に行くと、医者は『そこに置いて』と」

(安田注:まるで物のような扱いだったみたいですね)

「解剖されて、包帯でぐるぐる巻かれていた。
中身が無くなっても、この子は私の子だ。
タクシーも乗せてはくれなかった。
この子を抱いて、線路沿いにずっと歩いた」

どんな思いだったろうと思います。
毒の魚を食べても、自分は水俣病としては軽く済んだ。
その分、子どもが重症の水俣病になった。
母親は自分を責める。
そのうえ、解剖に回されても、冷たくされる。

そんな思いだったのだろう。
そう考えただけで、
涙が止まりませんでした。
(だれも周りにいなくて、よかったですぅ)

中毒の原因がチッソの工場廃液だと疑われたのに、
13年間も会社が認めず、廃液は流れ続けたのです。

今も同じようなことが行われていると思うのですが・・・。

資料館の方に、
海に向かって廃液の流れ出ていた排水溝が
今もあるから、そこも見て、お帰りになっては、と言われて
その排水溝も見てきました。

住宅街にありました。
今は、生活排水が流れているだけでした。


垂れ流し続け、貯まった有害なヘドロは、
結局、ふたをするかのように埋め立ててしまったのです。
その埋立地は、なにもなかったかのような
美しい公園になっていました。
東京ドーム13個分。

資料館はその公園の中にありますが、
海側の一番はずれにひっそりと立っています。
公園の入り口のバス停から20分以上歩かないと行きつけません。

熊本からは、新幹線に乗って、30分。
1時間に1本しかないバスに乗って20分、歩いて20分。

「ついで」というには、かなり遠いところではありましたが、
行ってよかったです。

自分の目で確かめることができたし、
地元の人とも話ができて、本の一部でも、知ることができて
本当に良かった。

PS
資料館の女性とは、実はちょっとしたつながりがあったんです。
最期にわかりました。ふふふふ。
そのうえ、なんともう一人、偶然の出会いが・・・。
排水溝を見に行ったとき、ちょっと道に迷ってしまったので、
道行く女性に道を聞いたのですが、
実は、その人は私の仕事とつながりがあったんですよ〜。
偶然にしてはできすぎ!なくらいビックリな出会いでしたが、
これが「ご縁」というものなんでしょうね。






  

Posted by MAYUMI YASUDA at 01:29Comments(0)TrackBack(0)

2012年10月12日

「なんのために生まれて なにをして生きるのか」5

「なんのために生まれて なにをして生きるのか
 こたえられないなんて そんなのはいやだ!」

この強いメッセージは、ある歌の歌詞です。

お分かりになりますか?

「アンパンマンのマーチ」です。

小さい子って、アンパンマン好きですよね。
孫と一緒に歌っています。

歌っているときは、メロディも簡単で、体を動かしながら歌えるんです。

でも、改めて歌詞をじっと見ていると、すんごいなぁ、と。

こんなメッセージを子どもに発信しちゃうんだぁ、って感心しますね。


お友達でコーチの小林久美さんのメルマガに
この歌詞のことが書いてあって、
確かにね、と思って、
改めて、歌詞を読んだんです。

ぐっときますね。

「なにが君のしあわせ なにをしてよろこぶ
 わからないままおわる そんなのはいやだ!」

「時ははやくすぎる 光る星は消える  だから君はいくんだほほえんで」

「愛と勇気だけが友達さ」

小さいころ、この歌を歌った子どもたちが、
くじけそうになった時に、思い出すといいなぁ、と思うんですよ。

ってことは、子どもと一緒にうたった
大人向けの歌?
なのかもしれませんね。

奥が深いぞ、アンパンマン(=やなせたかし)さん

歌詞はこちらから読めますよ。
http://anpan-man.com/song.html

コーチの小林久美さんのメルマガはためになりますぞ。
今は、シアトルにいらっしゃるんですよ〜。
お勧めしま〜す


秋の気配は日に日に深まりますね。
10秋だね

  
Posted by MAYUMI YASUDA at 00:40Comments(0)TrackBack(0)

2012年10月10日

屋形船で「敬老」バーバーズ5

09屋形船でご機嫌のバーバーズ


めっきり寒くなりましたね。

風邪、ひいていませんか?


先日、遅ればせながらの敬老のイベントをしました。

私たち親子に娘のボーイフレンド、姪っこのボーイフレンドに甥っこも。
さらに孫も、と総勢11人で
屋形船でお台場周辺の夜景とスカイツリーを見るコースを堪能。

9月の下旬は、平日ならば、屋形船も空いていて、
「掘りごたつ」式の船に乗ることができました。
(おばあちゃんたちは膝が悪いからね。掘りごたつが良いのよ)

みんなからのプレゼントに大喜びのバーバーズ。

「家族が増えるっていいね」とはお姑さん。

「こんなにプレゼントもらえるとは思わなかったよ。
寿命が延びた〜」とは実母。

(いったい、いつまで生きるのだ〜、との突っ込みたかったけど・・・)

楽しいことがいっぱいあると、
義母のアルツハイマーもあまり進まないように思えます。

みんなとお出かけできるうちが花!だね。

いっぱいイベントやって楽しもう。


09屋形船からお台場を望む
  
Posted by MAYUMI YASUDA at 21:04Comments(0)TrackBack(0)